顧客が喜ぶ=何でも正しい? 現代税理士の倫理的ジレンマ

専門的な知識を持つ職業には、その知識を社会のために適切に活用する責任が伴います。
映画『オッペンハイマー』が描いたように科学者たちが原爆開発の過程で倫理的葛藤に直面したのと同じく、私たち税理士も日々の業務において職業倫理と向き合っています。
顧客の利益や自己の好奇心と社会的責任のバランスをいかに取るべきか。
税務のプロフェッショナルとして、単なる知識の実践を超えた倫理観が今、強く求められています。
税理士の社会的影響力と責任
税理士という職業は、一見すると科学者や医師ほどの社会的影響力を持たないように思われるかもしれません。
しかし、私たちの提案や助言は、企業の意思決定に直接影響を与え、ひいては経済活動全体を動かす力を持っています。
多くの顧客は「税金をできるだけ少なくしたい」という要望を持っています。
これは当然のことですが、極端な節税策や法の抜け穴を利用した税務対策は、短期的には顧客の金銭的利益になるように見えても、長期的には社会全体の信頼を損ない、結果として顧客自身にも不利益をもたらす可能性があります。
昨今のSDGsやESGへの注目は、ビジネスにおいても単なる利益追求を超えた社会的責任が求められていることの現れです。
税理士も例外ではなく、顧客の税務戦略が持続可能な経営と整合性を持つよう導く責任があります。
極端な節税策の倫理的問題
税理士として直面する大きなジレンマの一つが、「合法だが倫理的に問題がある」節税策の提案を求められる場合です。
例えば、経済的合理性に乏しい節税保険への加入や、税務メリットのみを追求した不自然な組織再編などが挙げられます。
これらの策は、確かに短期的には顧客の税負担を軽減できるかもしれません。
しかしそのような極端な節税策は、税務調査の対象となるリスクを高めるだけでなく、企業の本業での競争力向上といった本質的な経営改善から目を逸らせてしまう危険性があります。
また、税法の「抜け穴」を狙った対策は、立法の趣旨を逸脱する行為であり、結果として税制の公平性を損ない、社会全体の不信感を招きます。
真のプロフェッショナルとして、目先の節税額だけを追うのではなく、顧客の長期的な発展と社会的信頼を考慮した提案をすべきでしょう。
時に「できること」と「すべきこと」は異なるという視点を持ち、顧客に対しても誠実に助言することが私たちの使命なのです。
知的好奇心と倫理のバランス
税理士は常に新しい税制や判例、節税テクニックに関する知識を追求し続けなければなりません。
この知的好奇心は職業人として不可欠な資質ですが、同時にそれをどう活用するかという倫理的判断も重要です。
新たに発見した税法の解釈や節税スキームを「知的パズル」として楽しむあまり、その社会的影響を考慮せずに実践してしまうことは危険です。
私たちの知識や技術は、単に課税を回避するためではなく、顧客の事業発展と社会貢献を両立させるために用いられるべきものです。
知的好奇心をコントロールするとは、勉強をしないということではありません。
むしろ、より幅広い視点で税務を捉え、経済環境や産業動向、企業の成長段階に応じた最適な提案ができるよう、自己研鑽を積むことが求められます。
職業倫理の継続的な自己点検
税理士の職業倫理は、一度身につければ終わりというものではありません。
社会環境や経済状況、税制の変化に応じて、常に自らの判断基準を見直し、更新していく必要があります。
自分自身の倫理観を定期的に点検する習慣を持つことが大切です。
例えば「この提案は公開されても恥ずかしくないか」「自分がこの顧客の従業員だったらどう感じるか」「この対策が広く普及したら社会はどうなるか」といった問いかけを自分に課すことで、倫理的な視点を保つことができます。
また、同業者との意見交換や職業団体の研修参加も、自らの倫理観を客観視し、深める機会となります。
多様な価値観や事例に触れることで、自分一人では気づけなかった視点を得ることができるでしょう。
税理士としての専門性を高めると同時に、人間性や倫理観も磨き続けることが、真のプロフェッショナルへの道だと思います。
まとめ
税理士という職業は、専門知識を活かして顧客の利益に貢献する一方で、社会全体の公正さや持続可能性にも責任を持つという、二重の使命を担っています。
時に相反するように見えるこれらのバランスを取ることは容易ではありませんが、それこそが私たち税理士の真価が問われる場面です。
常に倫理観を持ち、顧客の短期的利益だけでなく長期的な繁栄と社会的信頼を考慮した提案ができる税理士こそ、これからの時代に真に必要とされる存在となるのではないでしょうか。
知識と倫理の両輪が揃ってこそ、税務のプロフェッショナルとしての道が開かれると感じますので今後も研鑽を積んでいきたいと思います。